６０才で引退

ワンマンを自認する我儘だけれど人情家でもあった

社長ですが　元より健啖家で大酒呑みにありながら　

６０才を過ぎても持病の一つなく　隙あらばランチ

の喫茶店でも水割りを注文するという・・

そんな人ですから

誰もが　生涯　社長の座に居座り続けるものとして

疑わなかったのですが

一年間の慰労と新年度に向けた決起を呼びかける意

味から　毎年３月終わり頃に仕入れ先にある各メー

カーから担当さんを招いて　ホテルに会場を借りて

食事会を催すのが年度末の恒例行事でした

毎年のこのパーティーは　日頃が吝嗇な社長にして

は特段に張り込んだ　豪華な催しとして　社員にも

好評な催しでした

その年も

恒例の年度末パーティーが行われました

新規オープンしたばかりのリーがロイヤルホテルの

大昼間は　いつも以上に多くの来客を迎えて満杯状

態でした

招待客の最後の入場を確認して扉が閉められるのを

待ちかねたように壇上に上がった社長が　満場の客

を前におもむろに挨拶を始めました

この時になっても

話好き　目立ちたがりの社長の延々続くであろう演

説を予想して　会場の後方で　わたしたち平社員は

ヒソヒソと目くばせなどしつつ　テーブルに並ぶ料

理の品数を数えるなどしていたのですが

その時

壇上の社長の口から　思いもかけない言葉が

発せられました

「わたしは　今期をもって　弊社の代表取締役社長

から引退します」と

驚いたのは社員だけではなく

数百名を超える招待客全員が　その場に固まりまし

た

社長が引退するって

じゃ　会社は？

え　俺たちはどうなるんだ？

まさしく青天の霹靂

先崎愛海